BAKERU」 プロジェクト

「世界のBAKERUに出会うin Los Angeles 」 後編

インスタレーション作品“BAKERU”は、お面をつけるとスクリーンの中の自分が“化ける”ことができる、東北の郷土芸能に学びながら作られた新しい表現です。郷土芸能の中に息づく何かに“化ける”という行為は、どのような祈りや感謝のかたちから生まれたのでしょうか? そして、そうした伝統の持つ価値を次の時代へ繋げていく方法は、どのようなものが考えられるでしょうか?

JAPAN HOUSE Los Angeles 「BAKERU : Transforming Spirits」展に際して、“東京鹿踊”とネイティブアメリカン“ラコタ族”のアーロン氏の共演を現地で撮影した作品、「世界の“BAKERU”に会いに行く。In Los Angeles 」のレポート後編。前編でのラコタ族・アーロンさんへのインタビューに続き、東北にルーツを持ち、その伝統を今に継いでいく活動をされている東京鹿踊へのインタビューを交えてお伝えします。

TOKYO SHISHI ODORI
東京鹿踊
2013年東京在住の岩手県一関市舞川地区の出身者と、鹿踊に興味を持つ有志を中心に結成。行山流舞川鹿子躍を習い、多国籍・多世代・多分野にも対応したワークショップや、郷土芸能を通した地域や人との継続的な関わり方や魅力発信に挑戦している。
www.to-shika.tumblr.com

Aaron ten Bears
アーロン・テン・ベアーズ
ミュージシャン、役者、伝統的なダンサー兼モデル。オクラホマで育ったオグララ・ラコタ族。全国のパウ・ワウで、北部の伝統的なダンスの展示/教育プログラムを行っている。自身の伝統文化を受け入れるために、ラコタの言語、哲学、式典、ダンスなど積極的なアプローチを行っている。

―鹿踊にとって、“化ける”ことにはどのような意味があるでしょうか。

※ササラ=鹿踊が背負う、白く長い2本の装飾。

東京鹿踊
「ササラは、決してまたいではいけません。ササラは高き天空にいる神々が降りて来るための目印。そしてそれらの宿先です。そのササラを地面に叩きつけることで、神々の清らかさが土地の悪霊を祓うのだとされています。土地を綺麗にすることは、土が生き生きとし、私たちが生きるための食糧のより良い育ちに繋がります。」

―お面の造形や素材について。そこに込められた意味とは、どのようなものでしょうか。

東京鹿踊
「鹿踊の頭(かしら)は、恐ろしく、猛々しく、とても鹿には見えません。まるで獅子のよう。それは百獣の王ライオンを模した『獅子』が、その威力で悪を倒すと信じられて世界中で獅子舞が流行したからです。いつしかそれは東北に古来からあったという鹿の踊りと融合していき、だんだんと激しい表情になっていったと言われています。素材は、かつては全て地元のものでした。食糧とした鹿の角、飼われていた馬の尻尾など。側にあるものを余すことなく形にし、大事に使っていこうという気持ちが、そこには現れています。先人たちがかぶり、伝えてきた鹿頭をかぶっていると、その地にかつてあった風景や思いに、想いを巡らせることがあります。」

ラコタ族が身につけるレガリアやペイント、そして、鹿踊のササラや装束。発生した土地も時期もまったく異なる2つには、「神聖なものへの尊敬や感謝」「土地に生まれたものや自然への敬意」など、共通点がいくつも垣間見えます。そのような2つの芸能が、舞や踊りに込める想いはどのようなものでしょうか?

―舞や踊りを披露するのは、どのような場面でしょうか?

ラコタ族・アーロン
「ラコタの文化では、非常にさまざまな場面で舞を踊ります。狩りの前、勝利の後、スピリチュアルな儀式。その中でも、最も神聖な儀式は『太陽の踊り』と呼び、それが意味するのは、『部族の更新や生まれ変わり』です。」

東京鹿踊
「鹿踊は、亡くなった人の供養と、春秋のお祭りなどで披露されます。お盆の供養や豊作祈願といった場面にあわせて、非常にたくさんの歌があり、それぞれに意味が込められます。そのバラエティには、例えば、振舞われたお酒や料理に対して賛辞を送る内容、装束を作ってくれる染物屋に感謝する内容など、その表現はさまざまです。」

―舞や踊りのモチーフや歌について。

ラコタ族・アーロン
「私たちの舞の多くが、さまざまな動物を表現したり、想像させたりするものになっています。強さ、知恵、素早さなど、動物たちの精霊へのオマージュであり、敬意の表現です。」

東京鹿踊
「アーロンさんとの共演で踊った演目は、『鹿の子』といって、リーダーである中立(なかだち)の太鼓の音に合わせながら、若鹿が勇壮に跳ね踊る演目でした。明るく元気な雰囲気には、子孫繁栄の意味などが込められます。」

ラコタ族・アーロン
「共演した舞は『カラスの踊り』です。彼らの『鹿の子』のリズムによく似た踊りです。カラスは良いことを告げる存在で、良くないものをもたらすとされているフクロウと戦う存在でもあります。それらが棲まう場所を踏み鳴らす動きで、それらを称えるのです。」

今回の共演は、細かい打ち合わせのない即興のセッションでした。そのような状況の中でも、互いのリズムや息遣いを感じ、通ずるものを感じながら共演できた理由はどこにあるのでしょうか。

―共演で感じた「共通点」を教えてください。

ラコタ族・アーロン
「ネイティブアメリカンの文化と鹿踊の類似点は、踊り、レガリア、そして『変身』の哲学に表されていると思います。鹿踊の動きも多くが、動物の精霊や人々、周囲の世界をたたえ、それに敬意を表すものになっている。それはネイティブアメリカンの伝統と文化に、非常によく似ています。踊りと祈りとが、ひとつなのです。」

東京鹿踊
「まず最初に、装束や道具などをとても大事にすること。それらを通して自然を敬うこと。これは完全に鹿踊の動作の意味とも一致していました。そして、目に見えないけれど感じることのできる何者かの存在のために、踊るという行為で表現をすること。踊りを通すことで、人々の生活がより良くなる事を願う想いです。」

衣装や装飾で表される意味や、踊りや舞に込められるそれぞれの想い。

この共演では、象徴的な共通点をいくつも見つけることができました。時期も地域も違った芸能に流れるこうした共通点を探っていくと、普段、お祭りや神事でふと目にする伝統や技術にも、それぞれの意味や想いがあるように感じられます。

東京鹿踊の踊り手の方は、この共演を振り返り、芸能のルーツや、それを次の時代へ繋げていく事に関して、次のようにも話してくれました。

「遠く離れたアメリカ大陸でしたが、アーロンさんの表情や考え方、ラコタの先人たちの教えは、まさに私たち東北人が幼い頃から見聞きし、山や海といった自然の中で生きて体感した感覚と相通ずるものでした。ただ、私たちはそれを明確な言葉、ことわざや言い伝えとしてきちんと形にし、伝える術が確立されていないな、と感じました。
私たちの地域や先人たちにもっと自信を持つことができれば、敬うことができれば、もっと明確な言葉、態度をもって、次の代に伝えられるに違いない!と、アーロンさんのカッコ良さを見て背筋を正されました。(小野寺翔・宮城県南三陸町出身)」

「相交わることのなかった2つの文化が、『踊り』を通じて共演した瞬間に、言葉には表し難いですが、なんとも清々しい気持ちを覚えました。お互いに踊りの形は本来の形を崩さず、打ち合わせもなく踊り合わせた中で、私たちの太鼓の音と足の動き、アーロンさんのステップや鈴の音が自然に調和したとき、地理も言語も文化も異なる中でも、『目指すもの・大切にしたいもの』といった根本的な心の奥のスピリッツが一致しているのだなと感じました。
私たちの鹿踊のルーツである宮城県南三陸の地に建つ碑には『この世に生きるもの全てを踊りをもって供養する。』とあります。踊りで供養をすることでこの世に平和が訪れ、人々の生活がより良くなるでしょう。(小岩秀太郎・岩手県一関市出身)」

古くから続く表現である、伝統芸能に触れることで見えてくるもの。新しく作られた表現である、インスタレーション作品“BAKERU”を体感することで見えてくるもの。私たちに受け継がれてきたものは、この先どのよう意味をもっていくのでしょうか?
「世界のBAKERU」に出会いながら、また探求は続きます。

写真撮影:大河内英夫(東北スタンダード)
テキスト編集:大江よう(TEXT)